okeiのコトバ~新橋okeiオーナーの話~

神奈川大学を卒業し、広告代理店で6年間勤務。飲食店独立を目指し、退社。2年弱の修業を経て、2005年に29歳で新橋でokeiを開業。(現在、Pizzeria Terzo okei,Trattoria okei,Viva okei,おけい屋の4店舗)飲食の事、カズやサザンのこと、人生の事。コトバノチカラを信じて日記に示したいと思います

ソムリエ試験

ソムリエ1次試験が始まっている。

okeiからは3人。

2名がまずはクリアした。

1名は明日が1度目の1次試験。合格が出来なくてももう1度チャンスがある。

明日で突破してくれることを願う。

緊張してきた。心配で。

僕が取得したのが2011年。

8年前のことだ。今思えば、今よりも簡単なテストだった。

でもその時は一番難しかったと言われた。

移り変わっていくものなのだが、最近はとても難しくなっている。

そこにokei全体でチャレンジし続けていることはとても幸せなこと。

勤勉なムードというのはとても好感が持てる。

この3人が合格したなら、今年入社したもの以外はすべてソムリエということになる。

しかも雇ったわけじゃない。

僕にとってはこのソムリエチャレンジが会社を強くしてきた1つであると思う。

みんなが同じ辛い思いをしてきたこと。

それを共有できることや教え合えること。

そういう気持が伝わるものだ。

同時にこうしてテスト前は自分のことのように緊張する。

 

明日の夜にはわかる。

 

いい結果を待つ。

祖父母の心

94歳のおばあちゃんに会いに仙台へ行ってきた。

結婚式に来てくれたけど、なかなか行けず、3年半くらいはあえてなかった。

その間に大腿骨を骨折したり、どうしても体も心も弱くなっていたように感じた。

もちろん、94年間、大正時代から生きている人。

今でも僕のことを覚えてくれていたことも嬉しかったし、

嬉しそうにしてくれたことだけでも心が温まる。

戦争もそうだし、色んなことを経験している人だから

一つひとつのコトバや行動が重みがあり、温かみだけではない、強さも感じる。

反面。どんなひとでも、老衰はしていく。

孫というか家族というか、として、生きている間に愛情を注ぐこと。

これが最低限の心。

示さなきゃダメなことだなと心から思った。

離れているけど、いつも考えているから!とかじゃダメで、行かなきゃ。

そして、自分も精一杯生きなきゃ。やりたいことができるならやらなきゃ!と

改めて思った。

1日1日を無駄に生きないようにしなきゃ。

無理してっていうのも違うだろうけど、楽しく生きるために努力はしなきゃなと。

面談をしていて、スタッフの気持ちがまた分かったり、

皆大人だから、セーブしてくれてる気持ちも嬉しかったり。

おばあちゃんの体がやせていたり、ご飯があれだけ食べれて踊りまくっていたのに車いすだったり。

自分が幸せに生きることを約束しなきゃだめだと思った。

おじいちゃんが亡くなったのが94歳。

まだ50年ある。僕の人生。

blowin the wind

おけい屋をスタートしてからバタバタが続く。

そりゃそうだ、新しい店が出来ればそうなるものだ。

スタッフもなかなか固まらず、。

とはいえ、okeiに今いるメンバーはみんな力を合わせてokeiを支えてくれています。

沢山の人がokeiを支えて来てくれた。

今こうして居るスタッフも、11年目、9年目など長いスタッフも多い。

その分、凝り固まらないようにしなきゃいけない。

そういう意味では何年も継続しているお店で何十年も働いている人のモチベーションキープの方法を聞いてみたい。

生活になっている感じなのかな。

みんなに刺激も持ってもらいつつ、安定。難しい。

いつもこうして失敗を重ねて、成功したり、平行線だったり。

無駄を恐れない時が多い。

だって自分が凄い人じゃないからわからないこともあるから。

やってみてまた変えて。

その精度が少しずつ上がっている今。

少しチャレンジに後ろ向きになってしまったりする。

知識や経験が時にはチャレンジを妨げてしまう。

難しいです。

今自分の頭にある、okeiの未来像。

 

自分の未来像。

もう少し固めていかなきゃいけない。

14年間、ずっと現場に立ってきた。

これからどうやっていくのがいいのか。

 

その答えは風に吹かれている。

ボブディラン引用。笑

フェスへ。

もうすぐロックインジャパン

2002年から18年連続参加している。

2006年からはokeiスタッフと共に社員旅行かねて行っている。

今となっては当たり前のようにスタッフとともに参加しているのがうれしいというか、

考え深い。

最初は桑田さんが出るから協同広告の先輩方とともに25人くらいかな。一緒に行った。

あまりに楽しくてそれ以降も先輩や友達をまぜこぜで参加し続けてきた。

独立してとてもその仕切りが出来ないと思い、行くのを辞めようと思った。

そしたら、大先輩の源太さんに怒られて・・・

お前が始めたんだからやり切れよ!

 

その言葉が今でも心にあります。

だんだん、仲間とか先輩方もロックフェス熱が減っていったけど

僕は募るばかり。

その間、沢山のフェスに参加してきて、一つ僕にとってロックフェスを愛するというか、人生で大きな考え、お店を経営するにあたって大きな志にたどり着いている。

桑田さんを見たくて行ったロックインジャパン

持ち帰ったのは、自由な大きな空間。

そしてウルフルズやブーム、ドラゴンアッシュ

色んなアーティストを初めて見て、楽しくて楽しくて。

色んなロックフェスに行ってみて、綺麗さがナンバーワンがロックインジャパンだと思う。あれだけクリーンスタッフがいてトイレが多く。

子供たちが裸足で走っているフェスはない。

多くの仲間と行く僕としては安心感が強く、今につながっている。

お店に置き換えてみる。

ピッツァを食べたくて来てくれたお客様が

パスタが美味しかったとか、スタッフと会話が楽しかった、ワインが美味しかった。

雰囲気が良かった。

それが重要なことで、いかにプラスαを提供できるか。

期待してきたもの以上があることが大切なサービスだと思ってる

まさにこの考えの根幹はロックフェス。

多くのアーティストでフリーダムな愛情たっぷりの空間を作りたいと誰かが始めたもの。それが今となっては1年どこかでフェスみたいなものがやるようになった。

空間が好きなんだよね。

OKEIに入って、音楽やサザン。夏フェスが好きになった人も多い。

仕事をしながら趣味が出来たり、1年の重要なイベントが自分の中にあるって幸せだと思う。それが共有できること。夢のような話だ。

改めて、自分のお店、会社だから自分の考え方を大事にしたいと書いていいて思った。

今思いました。

僕は、仲間っていうものが好き。

時代錯誤というか、乗り切れてないのかもしれないけど、好き。

強引でも皆にその気持ちを伝えていきたいと思います。

日本ワイン

日本ワインに携わってまだ数か月。

率直に、楽しい。

やはり今までエリアを見てわからず、地図を見てきた世界のワイン。

それと比べると北海道が寒い事も大分が南のこともわかっている。

頭で理解できるエリアでワインが醸造されていたり、葡萄が育っていたりすることに驚いたりしているのが楽しい。

また、発展途上のワイン産業、色んなつくりとと話すうちに頭の中がシンプルになる。

 

美味しいものを美味しいまま飲んでもらいたい

 

世界ではできないワインの作り方や世界に無いワイン品種がある

そこにプライドを持って提供して、飲んでもらえたら、バラ色。

日本ワインで改めて日本を知る。

ワインを知らなくても日本の土地は知っている。

これからのokei、僕に大切なワインエリアであると思います。

1センチ、前に。

2人で始めたokei。

毎日同じ顔で4人くらいまでは打合せなんてなかった。

準備や営業、片づけをしながら話をして明日や未来を語った。

誰も結婚してなかったし、若かった。

今は違う。

家族もいて、子供もいて。所帯も大きくなり、10名を超えた。

たまに手伝ってくれる人やアルバイトを入れたら15名も超える。

想いや気持ち、将来や悩み。色んなことをふと確認できたり、

表情から雰囲気や今を察知してあげることもママならない。

片寄というオーナーだけがやっていくには限界があるのかもしれない

碧が奮闘し、それ以外のスタッフもどうにかしようと頑張ってくれている。

ゴールが見えないのではまずい。

OKEIというお店が常に変化していることは長年変わらない。

常連さんにとってはそれがイマイチだったりするかもしれない。

でも自分が料理人ではない中で、お店にチャレンジしようとすれば

ある程度変化を持たせたり、保ったり、そんな時期は必要で。

色々と悩む。

実際、お店は1店舗をやる方が色んな意味で確実。

現に僕は4店舗になっても給与は下がっていくか、上がらない。

それどころかリスクが増える。

ただし、スタッフは安定する場合もある。

僕はそこにかけている。

複数店舗あるからこそできるサービス。

料理。空間。

複数店舗あるからメンバーが休めたりするのではないか。

助け合うことも出来るんじゃないかと。

まだうまく出来るかわからない。

ただし、もがいてみる。

もう少しもう少し、あと1センチ、前に。

 

子供みたいな経営者

お店をやっていくというのは、日々ずーと難しい。

うまくいってもいかなくても。

沢山の愛情を注いでいるお店だし、スタッフ。

スタッフからも沢山の愛情をもらっているお店だし、僕。

そんな太い綱だったり、まだまだ細かったりする糸でつながっていて。

それが色んな方向から絡み合っていくのがokeyという会社であるような気がする。

僕はほかの会社を出来るだけ意識しないよう努力している。

今のokeyという会社、okeiというお店があと1センチ良くなればいいから。

それでもうまくいかない。スタッフがいつも何のストレスを感じないなんてないと思う。

こないだスタッフと話していて

「片寄さんは、後悔とかないんですか」

って言われた。

少し考えたけど、僕は後悔ばかり、毎日毎日、スタッフへの一言一言でも、言い方ひとつで後悔や反省をしている。

いい意味ではなくて、それほどミスばかりをしているってこと。

単純に僕はみんなに褒められたくて生きているような気がする。

良い店、良い会社って思ってもらえることが嬉しくてうれしてく。

だから会社をよくするって思ったり、待遇を考えたり。

子供みたいな経営者。

今、少し壁があるけど乗り越えたい。

乗り越えられない人にはそんな壁はできないっていうから。