少し感傷的というか、色んなことにすぐに泣いてしまう。
いつもなら12月の自分の独立した日近くに行う、周年パーティ近くがそういう時期。
昨日の震災が起きた日でもそうなっていたし。
22日にお店をオープンするという事実が迫っている。
オープンというと新規みたいだがまさにそういう気分でして。
16年前にオープンしてふとした営業中に何度もぐっときて泣いてしまうことがあった。別に誰にも気づかれないから、まー初めていうかもしれないくらいだが。
お店にお客様がいてワチャワチャしている時、忙しくてそんなこと考えてる場合じゃないくせに、なんか嬉しくて泣いてしまう時。
階段を上り下りしながら一瞬一人になるとそんな気分になるとき。
そんなときにだいたい、それを知らずに優しい言葉をかけてくれる常連さんとかお客様がいたりする。
お店を出すって自分たちの勝手だし、人を雇用していくのも全部自分の勝手。
それに付き合ってくれるお客様が来てくれて、一緒に働いてくれる人たちがいて。
お店が動いていて空気が動いていてそれにぶつかっていく自分がいて。
夢は叶っている、だから僕は夢を続ける最中。よくそういうし、本当に思ってる。
色々あるけどそれに尽きる。
ただのサラリーマンがお店を出して続けられた。
震災もトラブルも、コロナもある。
コロナが一大事って感じだけど今までもトラブってお店がごっそり潰れたり、無くなったり、人が辞めて行ったり。
それぞれが軽いモノじゃなかった。
時を戻そう笑
今、動かそうとしていることが色々ある。思いもよらないこともある。
でも、お店が動くとバラバラだったものがだんだん滑らかに固まっていくこともある。
不安や絶望もかき消してくれる営業がある。
飲み屋さんって言葉が好きだ。
ご飯だけ食べるだけじゃなくて、そこに会話があって。
時代錯誤というか今に会っていない言葉かも。でもそこには確実に需要もあるだろう。
自分たちが歩むべき、一生懸命注げる場所。
泣ける仕事。泣ける事業。泣ける仲間。
飲食業の形が変わっても、それはそこにあるはず。
困窮家庭に無料でお弁当を運んだいる今。
彼らからもらうお手紙で心を打たれる。
人に歴史あり。苦難がある方も隣にいる。
寄り添い、こうしてできることをすること。
愛情を頂いて育ってきた、経営してきた自分は、たっぷり心に
愛情という名の栄養を16年分ため込んでいる。
お金はどんどん無くなるけど、それだけはたんまりある。
心の豊かさを誰かに届けることで、また自分たちが温かくなる。
お弁当配達も営業もそうやって僕らを温めてくれるはずだ。
22日が待ち遠しい。