okeiのコトバ~新橋okeiオーナーの話~

神奈川大学を卒業し、広告代理店で6年間勤務。飲食店独立を目指し、退社。2年弱の修業を経て、2005年に29歳で新橋でokeiを開業。(現在、Pizzeria Terzo okei,Trattoria okei,Viva okei,おけい屋の4店舗)飲食の事、カズやサザンのこと、人生の事。コトバノチカラを信じて日記に示したいと思います

頂いた善意は、多くの人にしてあげることが大切。

ソムリエの2次テストが終わった。金曜日の夕方だろうか、結果が出る。
去年までと違い、3次テストまであるが、ここを超えるとだいぶ楽になる。

8月から9月。
祝日や日曜日、深夜や営業前の時間。
清水と小倉に対してできる限りのことをした。

悔やむのはマスカットベリーAが出て、それの樽熟を飲ませてなかったこと。
確かにフルーティな日本のワインに3年樽熟した2013年物が出れば
迷っただろう。
申し訳ない。

okeiいやokeyという会社にとってこのソムリエ試験チャレンジというのが必須になってきた。
これは当初から強制でもなく、ただ僕が取得して、これはやればとれる資格だと確信した。

だって自分が取れたから。
でも、実際の飲食業の中でのこの資格はとても難しい。
まずは、学校が高い。
そして、飲食業の人には時間がなく、拘束時間が長い。給与が安い。
色んな言い訳が通じる仕事なので、そう簡単には受からないのが現状。
5年という実務経験が必要なソムリエの資格。
5年の経験者はある程度そのお店や会社で重要なポジションだったりするので
余計難しいのが現状なのではないか。

そこで、会社として取り組むことにした。
営業前後、時には営業中でも、それぞれが上手い事、時間を作って勉強していくスタイル。
会社としても全費用を負担し、バックアップ。
ソムリエ試験が近づけば、他のスタッフよりも働く時間を減らしたり、お休みを増やしたり、
会社全体でサポートする。
言い訳ができなくなった。

それ以来、ほとんどの人が合格している。
もちろん、残念ながら結果が出ない人もいるけど、試験だからそういう場合もある。
それを否定するよりは、よりもっと勉強する環境にできなかった会社と周りの反省も促す。

それによりこの数年、okeyという会社に入社する人はほとんどソムリエになりたくて入ってくる。なので、強制ではなく、もともと夢としてソムリエというものがあり、それをかなえられる会社に入ってきている状況になってきた。

要するに、ゼロから始めたもので、ソムリエを目指してみるということをスタッフに促したり、ワインを楽しく覚えるという切り口から社員教育を始めたのが5年前。
今は、その歴史により、最初から意識の高い人が来るため、ワインを覚えたくなるような空気を作る必要がなくなった。

その中で、ソムリエ同期が生まれ、一緒に苦労した同志が生まれる。
掛け替えのない仲間になり、チームができていく。

もちろん、ゆがんだりすることもあるけどね。

僕は一つの文化やスタイルを構築したと思っている。
そしてそれが今、okeyからの独立店舗にも派生している

独立した店舗の多くは、okeyから独立した後にソムリエになったり、
okeyで取得して独りしたものばかり。
新okeyに刺激を受けた、卒業生みたいな感じもある

そして今回の試験もそうだが、独立したお店で働く社員がokeyのスタッフと共に
勉強をする光景も見られた

これはまさにokeyの社訓でもある ペイフォワードに他ならない。

誰かにしてもらった善意を
その人ではなく、自分に関わる多くの人に同じ善意を返すこと

善意を受け渡していく作業で、世の中は温かくなるから。

僕に支援してもらった戸羽が、自分のスタッフに支援し
それでも至らないところをまた僕が支援する。

これが続けば、okeyで働かなくても
僕が教えることもできるし、合格させてあげられるだろう。

時代は流れても続くことも必要だと思う。