okeiのコトバ~okeiオーナー片寄雄啓の話~

神奈川大学を卒業し、広告代理店で6年間勤務。ウルフルズ「ええねん」を聞いて、飲食店独立を決断し、退社。2年弱の修業を経て、2005年に29歳で新橋でokeiを開業。(現在、Pizzeria Terzo okei,Viva okei,酒場961,OKEI BREWERY,Atelier de terrine maison okei,filoの6店舗)飲食の事、カズやサザンのこと、人生の事。コトバノチカラを信じて日記に示したいと思います

期末を終えて

okeiの第9期は終わりました。
okeiというお店はokeyという会社です。
最後の文字がyなのは、最初に一緒に居たシェフが洋平だから。
okeiは洋平の支えがあって生まれた。
その意味を込めています。

11月が決算月なので今日で終わり。
12月からは10期目になります。

去年のこの日や8周年パーティに思ったこと、それは
9周年というものを10周年の通過点としてとらえていこうということだった。

1年ごとに結果を出すということだけではなく、2年間でどうできるか。
それがとてもいい目標だと思った。

そして今年。
いい年だったのかどうか、わからないところがある。

去年周年パーティ用に作った冊子にある表情を見ていた。
なんとその中で残っているのは、たった5人。
あとは旅立っていった。
ネガティブなものもあった。

経営としてこの5名のスタッフがとても尽力してくれていることは
本当に感謝しなければならない。
そして、それから入ってくれたスタッフも、その事実は関係なく
今のokeiというものを見てくれて一生懸命、把握しようとしてくれている。

有難いと思う

okeiとしては改装というものを大きくした
これは長期的なプランとしてしたもの。
本当に大きな改装で自分でもとても思い切ったことをしたと思う。

10周年には会社をよくしたい、いい会社と明らかにわかることをしたいと思った。
そのためには必要なことだった。

社則や就業規則、生命保険や傷害保険。
労働してもらう立場として、とにかく守るもの。
それによって会社が守られる制度。
きりがないほどやることがあるが
その中で優先順位がある。
それを今、まさにやっている。

その作業に当たり、当然営業の時間に行うこともある。
それでもokeiというお店があるのは、やはりスタッフの力。

そして何より、この9年間支えてくれてきている仲間やお客様の力。
甘えている部分もある。
僕の感謝が足りずに、okeiという場所を選ばなくなった人たちも大勢いる。
本当に情けないし、申し訳ないと思う。
それでもokeiというお店が存在しているのは
その中にも愛情があふれている、そうでしかない。

新旧のスタッフがそろっても緊張感もあるが、okeiという名のもとに
本当にいい空気を作ってくれる。

僕はokeiというお店に守られている。

12月9日で丸9年たつ。
10年目といえる年が近づく。
その1年でまずやりたいこと。
それは感謝。
その感謝を必ず伝えること。感謝を伝えること。

僕と仲間とokeiを支えてくれて
本当にありがとうございます。