okeiのコトバ~okeiオーナー片寄雄啓の話~

神奈川大学を卒業し、広告代理店で6年間勤務。ウルフルズ「ええねん」を聞いて、飲食店独立を決断し、退社。2年弱の修業を経て、2005年に29歳で新橋でokeiを開業。(現在、Pizzeria Terzo okei,Viva okei,OKEI BREWERY,Atelier de terrine maison okei,オケタプの5店舗)飲食の事、カズやサザンのこと、人生の事。コトバノチカラを信じて日記に示したいと思います

名刺

昨日、久しぶりに豪徳寺店舗の営業に入っていました。

最近はどこかの店舗にずっといるってことが出来ていないので、こうして営業に入ってスタッフと過ごす時間は貴重だし、楽しい時間。

営業をしていなかったら社長業だけで全然楽しくなくなるかもしれない。でもそれも一方では正義というか、いろんな仕事が進み、結果スタッフのためになる。

そのあたりの葛藤はずっと続いている。

【名刺を渡す】ということをスムーズに出来ていないスタッフが多いのですが、営業になると僕は多くの名刺を渡す。フロアにいるし、それは大切な日課

昨日は10枚だったかな、渡すことが出来た。

思えば、代理店を卒業し、飲食に入った28歳。1年半はいくつかのお店で勉強させてもらい、29歳でオープン。

飲食ではほとんど名刺を作ってもらえることは少なかった。だからいつもショップカードに名前を書いて渡していたな。

一言メッセージやお名前を聞いて【●●サンへ】とかね。

それは代理店の時の思い出からかもしれない。

年始の挨拶に来るテレビ局の方々は必ず【謹賀新年】と書いてある名刺を持ってきた。僕がいない時にはデスクに置いてあった。

そこに必ず一言メッセージが手書きで書いてある。今はセキュリティの問題でデスクまでガンガン入れるご時世ではないだろうが、何だか嬉しかった。

だから、ちょこっとメッセージとが好きなんだよね。

コトバノチカラって大きいと思う。

みんなそれを軽視している。名刺のチカラもそれに加われば絶大になるんじゃないか。そう思っている。会社からもらった名刺を大切に使えないことや名刺がないから渡すものがないというアイディア欠乏。

どちらも結果は変わらない。

【クリエイティブはマーケティングを越える】

これは代理店の時の教え。僕もそう思っている。

いくらデータを取り、リサーチしたとしても、それを一つのキャッチコピーが越えていく場合や演出やデザインが越えていく場合がある。

ペン一つで変わる名刺が一気に何かを変えるかもしれない。

そしてそれが自分の夢を叶えるかもしれない。

僕にとって、名刺の余白は夢を叶えるステージにも見えているから。

豪徳寺のお店