okeiのコトバ~okeiオーナー片寄雄啓の話~

神奈川大学を卒業し、広告代理店で6年間勤務。ウルフルズ「ええねん」を聞いて、飲食店独立を決断し、退社。2年弱の修業を経て、2005年に29歳で新橋でokeiを開業。(現在、Pizzeria Terzo okei,Viva okei,酒場961,OKEI BREWERY,Atelier de terrine maison okei,filoの6店舗)飲食の事、カズやサザンのこと、人生の事。コトバノチカラを信じて日記に示したいと思います

想いを形に

人生の半分を超えたであろう今。

日々、精進。とは言うけど、色々と舞い込む困難に心閉ざしたり、苦しんだりする。
義父の一周忌でお坊さんが、この世は修業の日々と言っていた。

まさにそうなんだろうなーと。
だって、今の自分は決断も緩かったり、甘かったり。
スタッフの皆に励まされて再開出来たり。

そんなことをしている間に時は流れ、今年も3か月が過ぎる。

オケイというお店をずっと続けることが人生の目標。
そう言い切れることも自分を褒められる一つ。
その目標のために何かを失ったり、得たりする。

自分が優先順位高いことを一番優先できないこともある今年。
それでも時間は過ぎていく。

一つひとつ。

やり過ごさないこと。
人の夢を叶えること。

仲間の幸せを祝える心をずっとずっと持ち合わせる事。
自分が幸せなことがあれば、少しでも伝える事。

僕の幸せが誰かの幸せになることを信じる事。

okeiという名のもとに集う仲間を大切にすること。

今できていないことばかり。

少しでもこの気持ちを形にしていくこと。

まだ楽しめることはある。

心の回復宣言

人が亡くなったり生まれたり。
40歳を超えると日々いろんな生死が繰り返されるのを目のあたりにします。

震災の時も多くの方が少なからず経験したことを僕も家族や仲間で経験した。
そしてスタッフでもそういうものもいた。

去年、自分の結婚式前に嫁の父が亡くなり、結婚式自体がどうなるかということがあった。
それから1年が経ち、昨日1周忌。

1年前の僕は結婚式を控えたお葬式で何もできなかったように思う。
1周忌は、変な感じだがリラックスしてその場に迎え、お経の時間、嫁への感謝やスタッフへの感謝、
そして義父への想いを伝えた。

失わなければ得られない。

それはこの12年でひしひしと肌ですべてで実感していること。

昨日の1周忌もまさにその一つで。
この悲しい出来事により、僕は家族にいれてもらえて、1年前よりも少し大きな声で
皆さんと会話で来て、家族だと思える感じでいる。

お店も多くのスタッフが、しわ寄せを食っている。
身体が辛く、眠れない日々もある。

それでも皆、お客様が楽しいって言ってくれる顔を想像してやってくれている。
僕も改めて飲食業のパワーと自分がこの仕事が好きだなーって思えている。

現場ができることが幸せでね
12月末から2月中旬までは、色んなことがありすぎて、
飲食業をやっている感じはなかったし。

新しいトラットリアが出来て、3人のチームで運営している。
片付けも大変だし、でもお客様は来てほしいし。
そうやって3人がチームになって言ってくれていることが見えて幸せで。

1階のスタッフは清水さんがいなくなり大変なこともあるけど楽しそうにしてくれたりして。

新しいスタッフも何とかついていこうと気持ちを持っていてくれて。

僕は何もできない一人。
でもこうして仲間がいてくれて。

幸せだと言えるまで心が回復しました

いい日になる

もしかしたら、人生の42年目の今は
人生半分としたら、振り返った時に、誰かに話したくなる時代からも知れない。

そう思っている。

たぶん、今、実際起きている事実と、それによる損失金額もさることながら、
心や精神の痛みなど考えると、かなりきつい時代だと思う。

独立とは
独りで立つ
と書くけど、

実は
独りで立てないって
書いてあるように思う.

あ、これは独立前から分かっていたことだし、
自分はとてもとても一人で生きていけるタイプじゃない。

人によりかかる分、リスクもある。
それが続くと、より孤立していったり、
全て計算から成り立たせる人になる。
それが成り立ってしまうと、それを持論として
人へ求めるようになるし、その計算こそが自分の全てになる。

それがたまたまうまくいく人もいるし
それが本屋で平積みされていることもよく見る。

そんなにうまくいかないよ。
そう思うやつね。

今の自分は、うまくはいかない時期だし、
とっても言えない苦しさもあるんだけど、
今までのやり方が間違えばかりではないことも証明されて。

頭の中が路頭に迷ってしまっていた時間もありましたが、
その中でも思い返すことがありまして。

OPENから12年目になり、卒業していった仲間ともとても仲良くしてもらっています。
相談に乗っているようで、みんなのきらきらした目を見ると自分を見つめなおす機会になったり、
連絡を取らなくても風の便りで話を聞ける心地よさを感じたり。

働いているスタッフもそれらを尊敬し、憧れることでチームがあったり。
インナーだけ見ているようで
12年目になるとお客様からも安心感みたいなワードを頂けるときもあったり。

常連さんだった人が来なくなったり来れなくなっても
たまに来てくれて、色んなことを抱えていたことを告白されて一緒に飲んだり。

ここにいることで、何かを解決できて来た。

家族ができたことも大きいだろう。
そもそも幼年期に親の離婚やら何やらがあったが、
結婚したことで、新しい家族もできた。

あっという間に親子になったり夫婦になったり兄弟になったり。
それが苦痛な人もいるだろうに、僕は幸せに対話できるし、
大切に思っている。

失うものと得るもののバランス。

それをうまく出来るほど器用じゃないし、
日々のことで精いっぱい。

でも、その中にも小さな大きな幸せが詰まっていて。
辛い事だけに心奪われるんじゃなくて
くるっと回れ右ってしてみたら、
いる場所は変わらないのにバラ色だったり。

僕には okei ってあだ名をつけた okei ってお店があるし、
そこから巣立ったお店もあるし、
仲間はokeiって呼んでくれる。

okei は okei でいれれば、いい。

3月1日
そんな気分で通過します。

3月1日 トラットリア okei OPEN

時は金なり
時間が解決してくれることもある。

そんな時間を感じて2か月がたった。

2階のokeiから見る景色も変わった。
前のビルは取り壊され、遠くまで見える。

実はこのビルも取り壊しが数年後には決まっている。
okeiが始まった2005年の時からすでに超古いビルとして、いつどうなるかわからないと言われてきた。
だから取り壊しがいつ化されるということは不思議ではない。
やきとん新橋の同じ顔の人とも まーお世話になっているビルだからしょうがないよなーと言っている。

とにもかくにも、okeiというお店で大きな出来事があり
Bistrookeiのキッチンスタッフが総上がりしてしまうという事態になった。
全ての真相は僕にもわからないこともあるくらいなのだが、
オーナーである以上は、僕の責任であるとまとめておくしかないだろう。

その中でお店をまた振り出しにして再スタートを切るということは
大きな決断だけど、今のスタッフが僕を押し上げてくれて、3月1日が決まった。

この数年間は、とてもバタバタするかもしれないが
ドンとこい!
これ以上のことはあまりないだろうと思うからね。

同時に自分の居場所というか、okeiという中での自分のポジションを考える時期でもある。
周りのスーパースターや頑張っている仲間たちを見ていると悩んだりする。

タンブレッロ 大坪さんもしかり、
新橋 いちろう しかり(4周年おめでとうね)
okeiの独立店舗然り。

沢山の方々から刺激をもらう。
僕はどうしていくのがいいのかなーと。

やはりこの魂をもっと固く強くしていきたいし、自分が前に出てやっていく処も欲しいし。
でも、今まで同様、okeiに来てくれた躍動するスタッフの想いのままに、できる限りやらせてあげたい。

そんな気持ちになるとつい、町をふらふらと歩きたくなる。

昨日おとといと、町をたくさん歩いた。
色んな知らないお店の人とも話した。
時計屋さん、食器屋さん、飲食店、マッサージ。。。

みんなそれぞれぽろっと本音を言ってくれたりする。
新しい店の事、これからのこと。

みんな戦っている。
それがわかる。

いい刺激もらいありがとうございます。

いつも顔を出してくれるパートナーである会社さんも一緒。

先日のブログで僕が11周年のバンドをずっとし続けていると書いてから、
僕に会うときは必ずバンドをしてくれている人もいる。
もちろん、僕みたいにずっとしているわけじゃないだろう
オケイに来る前にしているんだと思う。

しかも、バンドをしていることも僕にも言わないし、僕も気づいているが言わない。
12月9日にお礼を言うよ

左手首

先日、三上が退社。
今週末、二宮が退社。

okeiという会社の一つの時代が終わろうとし、新しい時代が始まる。
okei第何章だろうか。
ウルフルズでそんな歌があったよ。

この2名は、今回オケイというお店で起きた大きな出来事の波にのまれてしまった形で
申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

もちろん、彼らはオケイというお店や仲間を愛してくれているし、これからもずっと仲間。
ただ、タイミングが早くなってしまったのは、出来事のせいだから。

三上に至ってはお店がなくなってしまっている状態というか、
自分がずっといたビストロオケイにいれずに退社することになり、とてもかわいそうだった。

二宮は今、毎日毎日たくさんの方が来て、送別をされている。
三上もそうだったが、お客様の言葉は本当に温かく重く、若い彼らの心に一生残るだろう。

そして、カウントダウンが始まっていくと、スタッフのキモチにも変化が出てきている。
二宮は口数が減り、周りも何かそわそわしている。

これからの新しい体制へ晴れやかな気持ちになる前のセンチメンタルな気持ち。

僕は現実の今とこれからを見なくてはいけなく、おいていかれてしまう気分になったりする。

僕がこの荒波をしっかりと超えていけるなら
もっといいお店に、もっといい男になっているはず。

そこまで色んなことをしっかり真摯に乗り越えていこうと思う。
僕の腕から、11周年の記念バンドが12月10日から一度も外されていない。

あの日、あの時の仲間の表情や気持ち。
混沌とした中でもしっかりとお客様を楽しませようとしたスタッフのキモチ。

12月10日のあの日から止まっている時間がある。
その針が動き出すのは今年の12月9日。

そこまでこのバンドといるんだと思う

NAKATAの言葉と現okeiスタッフの絆

8人で1店舗。

2フロアを休業し、1フロアのみで営業している現在は人が多い。

それでもそれぞれがそれぞれを気にして声をかける姿。
自分だけが悶々としているわけではなく、片寄さんも全スタッフが抜け出せない今を
何とかしたいと思っている気持ちは一緒だと思ってくれているはすである。

自分自身は大好きなお店にずっといることができない寂しさと
今しかできない考え事やこれからの事。
自分のやりたいことよりやるべきことを選んで少しずつ進んでいる。

昨日、okei創業者であり、トラットリアNAKATAの中田が奥さんと寄ってくれた。
心配してきてくれた。

今年の元旦にこのブログで書くまでは家族にも伝えてなかったこと。
それは年末で退社する者への配慮と現スタッフたちへの愛情でした。

当然卒業生にも伝えていませんでした。
直接連絡くれた人たちには会って話をしています。

中田も又聞ですっ飛んできた感じでした。

閉められた2階で3人で話をして。
彼と過ごした2階で話をしました。

彼は話が終わった時、こんなことを言いました。

【僕がここに来ますよ。NAKATA休業して。だから早く再開しましょう。】

もちろん、結果はそんなことにはなりません。
ただ、奥さんにも断りもせず、本気でそう言いました。

今のスタッフが、卒業生や自分たち。okeiのルーツであるこの2階を再開したいと
思ってくれたこと。
片寄が今までしてきたことが間違ったいないということを示したい気持ち。
そして、ただただ、理由なんかなくて、何かしたいやさしさの塊。

そんなことを伝えてくれた。

僕がお願いしたら、確実にそうなったであろう温度だった。
もちろん、そんなことは出来ない。

でも、生きている意味はあった。
世界中の人には愛されないけど
限られた人には想ってもらえるお店であり、人でありたいという目標は
掲げてもいいんだという安ど。

多くの卒業生が手紙や言葉をくれる。

頑張らないでくださいとか。
自分のために、もっとお店やってくださいとか。
全部捨ててでもokeiに戻りますってやつとか。

現スタッフはそんな気持ちがわかっていると思う。

だから具体的に卒業生の名前を出して、ルーツを残そうという人もいたり。
慣れない仕事でも頑張ってやります!と言ったり。
この混沌とした状況の初期段階で
片寄さんを支えていきますっていう言葉をみんなの前で伝えてくれたり。

1月で退社するもの達も、ある意味巻き込まれた2名なので
辞めるまでをしっかり過ごそうとする姿勢。

多くのそれぞれの気持ちが重なり合った今の空間。
忘れないでいたいと思う。

自分がいくつになってもこの空気。
肌で感じるこの感じ。

忘れてはいけない。

無二

今現在は、Pizzeria terzo okei、ishimaruが営業中。

ビストロokeiは休業している。
正確に言うと、決断としては閉店し、新しいイタリアン業態をオープンさせることになる。

毎日、沢山の電話がかかってくる。
ビストロオケイのご予約の。

心が折れそうなくらい悲しくなる時間ではあるが休業を伝える。

お店をはじめてから、今日までご予約を頂けるお店になるためにやってきたのに。。。

昨年末に至っては30件以上のご予約の方々一人一人にお電話して休業を伝えキャンセルをしてもらった。

電話応対をしていると涙腺が緩む。

≪復活応援してます≫
≪okeiさん、大丈夫ですか≫
≪素敵なスタッフさんたちが支えてくれて幸せですね≫

もちろん、全てのことを知らずにも、とにかくokeiというお店に期待と応援と無償の愛情を注いでくれている。

ついつい電話が長くなる。

こんな時間はこの時間がなければなかった。

そして何よりも今ここにいるスタッフ。
彼らは僕よりもお店を愛し、okeiお客様を愛し、存続よりも先の繁栄をさせようとしている。
不安を持つ者には声をかけ、早く新しい仲間が来てくれることを願っている。

新橋に帰ってきてokeiを見ると、今いるスタッフの仕事ぶりに驚く時がある。
自分が作ったんだけど、彼らがやっている仕事で自分には出来ないこともあるし、
考えてることも先だったり。

やはり僕がやらなきゃいけないのは社長としての仕事だったり、フォローだったり。
彼らがいるからできる仕事もある。

改めてokeiというのはそれぞれの魂であって
躍動感であり、キモチのぶつかり合いだなって。

僕が作ったのはその空間であって魂は12年目になり
もう誰が作ったとかじゃなくて、唯一無二のものなんだって。