okeiのコトバ~okeiオーナー片寄雄啓の話~

神奈川大学を卒業し、広告代理店で6年間勤務。ウルフルズ「ええねん」を聞いて、飲食店独立を決断し、退社。2年弱の修業を経て、2005年に29歳で新橋でokeiを開業。(現在、Pizzeria Terzo okei,Viva okei,酒場961,OKEI BREWERY,Atelier de terrine maison okei,filoの6店舗)飲食の事、カズやサザンのこと、人生の事。コトバノチカラを信じて日記に示したいと思います

夢の時間

やはり僕にとって無駄なことってとっても大切なことだ。


毎年恒例のロックフェス社員旅行 今年は僕にとって16回目のロックインジャパンに。
2年間はラブシャワーだったが、新しいスタッフも多い事もあるし、元祖へ。

僕にとってロックインジャパンというフェスにであったのが2002年。
桑田さんが初出場した時だった。
当時は桑田さんだけが目的だった。協同広告の先輩とかいろんな人を誘い20名ほど。
24.5歳だった僕は初めてのフェスということで色んな準備をして、引率をした。
色々と不備はあったが、とっても印象深い一日だった。
ウルフルズをはじめ、今では自分の人生を左右するアーティストの出会い、
何よりも夏フェス ロックインジャパンというラクエンとの出会いだった。

ある目的をもって訪れた場所であったが、持ち帰ってきたのは

開放的で笑顔溢れ自由な空間。
若かった僕にとっては楽園でしかなく、音楽があれだけ幸せに聞ける環境がないと思った。
そして、音楽が聴けるというが、聞かなくてもいい。
無駄な時間を仲間と過ごし、くだらない話、真面目な話。
色んなことをしてきた。

あれから16回目のロックインジャパンだった。
その間は色んなフェスに行った。
でも、あのクリーンさ、トイレの多さ、誰でも楽しめる空間。
遠すぎず、近すぎず。

僕にとってはすべての楽しみが詰まっる。

2005年に独立してからは、社員も連れて行っている。
飲食の人たちは(語弊もあるが)真面目で、遊んでいないという印象があったので
自分のお店のスタッフには少なくても自分が経験した遊びは伝えたい。

遊ぶ準備、遊ぶ辛さ。
団体行動の良さ。
協力するということ。
自分が気が進まなくてもやってみることで誰かが幸せになる、幸せ。

何よりも何よりも・・・
【どんなに考えても肌で感じるものには勝てない。どんなに考えても伝わらないことが、一緒に楽しむことで伝わる】
【裸の付き合いという言葉があるが、一緒に過ごし、風呂入ったり寝たり。やはりそんな共通な時間が何かを生む】

仲間との時間は絆の時間。
OKEIのスタッフだけじゃない。
大澤夫妻、西野、ともこ、山上、宮坂。
この仲間たちとの時間をとってもとっても大切にしたい。
あー夢のようだった。

何が夢のようかというと、みんなが楽しかったって言ってくれたから。
また行きたいって言ってくれたから。



やはり僕にとって無駄なことってとっても大切なことだ。


毎年恒例のロックフェス社員旅行 今年は僕にとって16回目のロックインジャパンに。
2年間はラブシャワーだったが、新しいスタッフも多い事もあるし、元祖へ。

僕にとってロックインジャパンというフェスにであったのが2002年。
桑田さんが初出場した時だった。
当時は桑田さんだけが目的だった。協同広告の先輩とかいろんな人を誘い20名ほど。
24.5歳だった僕は初めてのフェスということで色んな準備をして、引率をした。
色々と不備はあったが、とっても印象深い一日だった。
ウルフルズをはじめ、今では自分の人生を左右するアーティストの出会い、
何よりも夏フェス ロックインジャパンというラクエンとの出会いだった。

ある目的をもって訪れた場所であったが、持ち帰ってきたのは

開放的で笑顔溢れ自由な空間。
若かった僕にとっては楽園でしかなく、音楽があれだけ幸せに聞ける環境がないと思った。
そして、音楽が聴けるというが、聞かなくてもいい。
無駄な時間を仲間と過ごし、くだらない話、真面目な話。
色んなことをしてきた。

あれから16回目のロックインジャパンだった。
その間は色んなフェスに行った。
でも、あのクリーンさ、トイレの多さ、誰でも楽しめる空間。
遠すぎず、近すぎず。

僕にとってはすべての楽しみが詰まっる。

2005年に独立してからは、社員も連れて行っている。
飲食の人たちは(語弊もあるが)真面目で、遊んでいないという印象があったので
自分のお店のスタッフには少なくても自分が経験した遊びは伝えたい。

遊ぶ準備、遊ぶ辛さ。
団体行動の良さ。
協力するということ。
自分が気が進まなくてもやってみることで誰かが幸せになる、幸せ。

何よりも何よりも・・・
【どんなに考えても肌で感じるものには勝てない。どんなに考えても伝わらないことが、一緒に楽しむことで伝わる】
【裸の付き合いという言葉があるが、一緒に過ごし、風呂入ったり寝たり。やはりそんな共通な時間が何かを生む】

仲間との時間は絆の時間。
OKEIのスタッフだけじゃない。
大澤夫妻、西野、ともこ、山上、宮坂。
この仲間たちとの時間をとってもとっても大切にしたい。
あー夢のようだった。

何が夢のようかというと、みんなが楽しかったって言ってくれたから。
また行きたいって言ってくれたから。

OKEIのスタッフを連れていくということが
何になるかなんてわからない。
でも僕を作ったのがロックインジャパンであるなら
伝えたいなら、行くしかない。

飲食店は人が安定しないという。
そういう時期もある。
僕は楽しく生きている事を伝えるしかない。
辛い事ばかりでも幸せだって言える。
その理由を伝えることも必要。

ただ、どう伝えていいかわからないこともある。
準備したり、片づけしたり並んだり。
色んなことで仲間が誰かを幸せにすることへの喜びを
肌で感じることができるなら、無駄なことも必要なんじゃないか。

これからも無駄なことを積み重ねていく。
何かになるよ

幸せの違い

この2週間ほど、あまりパソコンの前に座る時間がなかった。
なかなかこんなことはなかったかもしれない。

単純に朝から夜中まで営業にいただけなんだが、改めて飲食業というものを新鮮に感じることができた。

この数年は、10時ころに出勤し、26時まで営業に入っている。
ただ、ランチ営業には出ていなかったため、いわゆる社長業は16時までの時間に出来たり、
これからのプランをボーと考える事も出来た。

今は営業と営業準備、片付け。
全てをスタッフと共に行っているので、時間は無くなる。

日曜日はあるから、家でルイボスティーを飲みながら仕事をしているのが最近だ。

大変。と言えば、それまでだが、そんなことはない。
そもそも、独立する時に数年後のプランを考えたり、スタッフのこと、シフトやお金のこと。
それらを考える管理する仕事をしたかったわけじゃない。
ただただ、自分のお店を持ち、いらっしゃいませーとか、こんばんわーとか会話があり、
自分が行うサービスで多くの人を幸せにしたかった。

朝から晩まで自分の作ったお店を行き来しながら、自分のお店で働いてくれる仲間と共に
同じ汗を流せることが楽しい。

もちろん、社長業がおろそかになったりするけど、しょうがない。
やれることはやるし、やれないことはあきらめる。

諦められないのは、自分が楽しむこと、スタッフが楽しむこと。
お客様全てに幸せになってもらうこと。
出来なくてもそれが目標であることは叶わない。

飲食業に入ると、体がきついとか、給与が安いとかいろいろある。
もちろん、okeiでも大変なことはなくさんあるし、
スタッフが不安に思うことは沢山あるだろう。
でも、僕の目指しているのは楽しむこと。

楽しいことは楽じゃない。
大変なんだ。
でも、つらいだけじゃない。辛いだけにしてはいけない。
それが僕らオーナーの腕。

少しでもいい環境にしようとする男気は見せたい。

正直自分の50歳をまだ想像できない。
20周年の自分とスタッフをすべて想像できない。
でも、幸せに過ごしたいと思っています。

何が幸せなのか
それは、僕の周りが幸せであること。それが僕の幸せなんだ思う。

だから幸せになりたーいって感じるより

沢山の人を、幸せにしたーい。
そう思っています。

ソムリエ受験の意味とオーナーの考え方

okeiでは今まで15名のソムリエ合格をしてきました。

2011年に僕とスタッフ1名で始まったこのトライ。
その年に1発合格をしてから、7年目。
毎年1名以上の合格をしてきました。
合格率は 93%。

毎年難しくなるこのテストを会社として取り組んでいくには
かなりの労力がかかります。

ただ、7年前に自分が受けてみて

『これは受かる』
って思いました。

もちろん、大変ですけど世の中で言われているほど神々しい資格でもないなと。
勉強したくて、勉強すれば受かるものだなと。
でも問題はお店として全面的に協力する体制が不可欠だなと。

そして費用。どうしても学校に行くとなんだかんだで20万は超えていきます。
欲しい情報や欲しい知識を得るためには自己投資が必要だと常に思っていますが、
飲食の給与事情だとこのお金が各個人に負担できないから受けない。わからないということになる。

そこで会社負担ですべて投資することにしました。
ただし、受かることが条件です。
受からない人は自費になります。

僕がなぜこの資格がいいと思っているのか。
それは、会社のものではないからです。
最終的に自分だけのものだから。ただ、自分の資格になること。
そして飲食に関わる資格で目に見えて、お客様が理解できる可能性がある資格の中では
一番有名で、理解してもらいやすい資格だと思うからです。

ワインを提供している中で最低限の知識をもつことで
お客様の満足度は変わりますが、それよりも自分が楽しくワインと向き合えたり。
女性だったら飲食辞めても、主婦になっても、ちょっとしたときに
そのワインの知識がコミュニケーションツールになると思います。

僕としてokeiというお店で働いてくれたことが
今だけじゃなくて、これからの人生が豊かになるものになってほしいと思っています。

その中ではこのソムリエというものがその一つとして考えています。

限られた人生で飲食という職業を選び、イタリアンという世界へ飛び込み、okeiで働くということは
とっても奇跡です。
奇跡の出会いの中で少しでもみんなの何かになればと思っています。

そして、ぜひ多くのお店で会社負担のソムリエトライを広めてもらいたいと思います。
それが売り上げではなく、何よりもスタッフの豊かさへのチャレンジであることを伝えたいと思っています

最後に、見えないソムリエ受験の効果があります。
スタッフの団結力。

みんなで一人や二人のソムリエ受験のために勉強したり教えたり、
時には一緒に笑ったり。
最終的には合格したときには、美しい涙をみんなで流しながら抱き合ったり。
辛い日々を共有できることが、実は楽しい日々を約束してくれる。

会社で取り組むことが何かを生むこと。
それを大切にしていきたいですよね。
でもなかなかどこかに遊びに行くって言っても休日を使いすぎるにもおかしい。

日常会話にワインの問題が飛び交うことで実はそんな空気が出たり、
仲間意識が出たり、自分の知識がプラスされたり。
愛情いっぱいのお店になるイメージがあります。

時には疲れてしまうこともある、

それでも互いを認め合い、慰めあい、助け合う。
生涯の友情を生んだりする。

僕らオーナーが努力すべきは、売上というものが当然必要だが、
雇用を生んでいる以上、彼らが過ごすビジネスの時間でビジネスの時間でしか、
その多くの時間を共有することでしかなしえない豊かさを注いであげる事じゃないか。

ことば。

okeiというお店のスタッフに対しての面談が終わりしました。
僕は年に2回、スタッフに対して一人ずつ2時間の面談をしています。

残るは勝どきのishimaruの2名になりました。

同じことを何度も話したりします。
全員に話すこともあるのでおんなじ話を10回以上します。
まとめてやればいいじゃんという考えもあります。
でも、違うんですよね、一人ひとり感じ方が。

若い人とそうでない人。
オケイに長くいる人とそうでない人。

伝えたいことが同じでもいい方やいう時間、最初の方に話すか、最後の方に話すか。
時計を意識しながらタイムスケジュールを考えながら話していきます。

ことば。とっても大切にしています。
コトバノチカラをとても信じています。

だから、何度でも話します。
話すのが得意とか、言われることもあるけど
たぶん、無駄に話しているからですね。

意味があるかないかを考えないから。

信じることも大切ですね。ことば。

面談をしていると泣き出す人もいます。
怒られてじゃないですよ、そういう人もいますが。。。

想いを募らせて、しっかり言葉に伝える事をすると
思っていたことが音になって自分の耳でも聞いてみると
強いんですよね。

だから泣いてしまったりするんです。

上手く話せなくてもいいんです。
言葉をつなげていく事が何かにつながっていくんですよね。

キモチを伝えることを怠けないで奢らず、
ただただ、思うこと、伝える事、正しく生きる事。

大切なことを大きな声で叫ぶこと。

僕は言葉を大切にしてます。

誓った日になりました

生きていれば色んなことがある。
まだ42年間であるが僕なりに色んなことを経験してきた。

もう嫌だ。
そう思って蓋をしてきたものもあるし、チャレンジしているという言葉で実は逃げていることもある、今も。

世界の1番前で60年間、歌い続けている人と昨日再開した、
中学2年生の時、チケットぴあに並びチケットを取って初めて行った時から、4回目。
自分の年齢も少し重ね、彼を見ていると一番感動というか、何というか。

39曲かな、沢山の曲をやりながら、聞きながら、ほぼすべての曲を口ずさめるのだが、
同時にその歌詞やステージよりも何よりも、彼がそこにたたずみ、
60年間、同じ曲を奏でつつ、伝えつつ、楽しみつつ。新しい事へチャレンジを忘れず、
死んだ同士や、今の奥さんへの愛情。
世界のファンへの感謝と、ロックという言葉で自分を置き換えつつ。

恥ずかしげもなく、ビートルズという言葉を出して、まだ生きるビートルズのもう一人の曲 リンゴスターのようにふるまい。

ステージを走る74歳を見ていて自分の今を俯瞰してみて、苦しくなった。

何を悩んでるんだろうか。
まだまだまだまだまだまだまだ何もしていないじゃないかと。

まだ、Love me do が始まったばかりだと痛感した。

ジョンがいないharddaysnightで始まった。
ポールがいる場所は違うけどそれを楽しむ。
そこには若い彼を支える仲間がいて、信頼関係が見えた。

自分が今オケイというビートルズに所属し、
メンバーは変われど、多くの方々が見てくれているステージがある。

休止したり、拡大したり。
思想が変わったり。

Partnerが変化しながらも、曲やアルバムが変わるようにサービスや料理が変わっても
オケイがそこにあって、いて。

その間にまた昔を思い出すタイミングがあったり。

bandontherunで緩んだ涙腺が、名曲たちで溢れ出した。

久々の感覚

僕には音楽が必要だ。
人生やお店を語る、考えるうえでとても重要だ。

同じを事を続けられること。
忘れない事。

僕はokeiをやめない。
どんな形でも辞めないでいる。

そう、強く誓った日になった。

小さなことからでも。

自分の40歳代、そして50歳以上の自分。

想像してみるとどうなっているんだろうなーとか考えてしまう時もある。

何かしなきゃ。

そんな見えない焦りが来たり。

ふと見ると、20歳や27歳や30歳代。
スタッフたちは僕よりも年下が多い。

スタッフも同じように

オケイさんの年齢で私は僕はどうしているんだろう?

そう思う時もあるんだろうな^-って。

そう考えると、やっぱり上に立つ者としてオケイというお店を始めたものとして
責任ある未来像を考えていかなきゃと思っている。

もちろん、ないわけじゃない。
ただ、この数か月は違ったことで先よりも今しか見ていなかったから。

僕は今、トラットリアokeiというお店に常駐し、1階のTerzookeiには顔を出す程度。
フロア担当としてサービスをしていると、経営者ということを忘れて
楽しく過ごす時間が多い。

改めてこの仕事を自分が選んだことを間違いじゃなかったと思える。
同時に今いるスタッフやお客様という垣根を越えて、
自分に関わった人がどれだけ幸せになるか。
そればかりを考えてきた協同広告時代と変わらず、同じように今もそうしていきたいという夢がある。

仕事というとしっくりこないのが自分の悪い所。
生きているということなんだけどね

やはり好きなことをもっともっとチャレンジしていこうと思う。
いつもシフトを作っている時、毎月のコピペをすれば済むのに
どうしても、もっとよいシフトがあるんじゃないか?と時間がかかってしまう。

その模索で今月はいつもより少ない勤務へ光が見えた。
そんな小さなチャレンジのようで自分としては大きな飛躍のシフト。
テーブル配置やライトの具合。
全部が僕にとって大きなチャレンジ。

日々それが出来ていく事が生きているということか。

生きるのをやめずに
怖がらず。

生きていこう。

積み重ね

結婚して1年が経ち、結婚式から1年が経ち、思わぬプレゼントを頂いたりした。
人の結婚式1年をお祝いしようとしてくれる人たちっていったいどんな心の持ち主なんだろうか。
本当に嬉しいのと、自分も優しさを持ち合わせたいと願うばかり。

自分は40歳で結婚をした。
からしたらだいぶ遅い結婚でした。

でも自分たちにとってはその時が最良だったと確信できた1年だったように思います。

夫婦や家族は、それぞれで全く違う次元で成り立っているだろうから、
自分たちだけのやり方を見出していくものだと思っています。

一つ一つ、何もないところから積み上げて、少し壊れて、また積み上げて。

まだ1年だし何にもわからないなりに積みあがっているんだと思います。

日常に普遍的な幸せが無数にある。
そう1年を振り返ります。

出来る事をして出来ないことはあきらめて。

1年経ち、ご飯を作ってくれること、お風呂を入れてくれること。
帰りを待ってくれること。

たぶん、お店がつぶれても笑っていてくれるだろうこと。

感謝をして、2年目を迎えました。