今日は親父の誕生日。
おめでとう。
先日、親父とお誕生日祝いで演劇を行ってきたので、お祝いはなし。
ただ、こうして僕が雄啓として生きているのは親父の名前からきている。
親父は、片寄 啓という。
その息子でだから雄をつけて雄啓。
何と単純なんだろう。
まーそんな意味なんて聞いた事ないのですが、そうですよね、どうみても。
でも僕は彼に対して尊敬の念をずっと抱いています
愛情と言うか尊敬と言うか。
親を見る目はドライです。
ほぼ、中学生から一緒にいませんでしたから。
3度の結婚やもめ事に巻き込まれ、ドライに見るしかない時代がほとんどでした。
ただ、やっぱり親父は絶対でした
今、経営者になって、圧倒的な存在感を必要としている今、尊敬をまたしてしまう。
圧倒的な。
それがすごい。
僕もその圧倒感をこれからどれだけ持てるのだろうか。
年月が与えてくれるとは思わない
自分の努力や人間力を試す時。
愛情も根性も友情も。
その全てがそれに関わる。
人が生きて行く事が、その圧倒感を必要とするならば
僕はこの場でそれを手にいれる努力をしていくつもり。
それが人を幸せにするなら
それを手にいれるつもり、。
だってぼくは沢山の人にこうして支えられ
幸せにしてもらっているんだ~。